看取り期のデイ利用相談と先日の講話から
先日、SBI ホールディングス株式会社の北尾吉孝氏の講話を拝聴させていただいた。
体から溢れんばかりのエネルギッシュな迫力と
その根底にある経営の基本となる人間としての生きかたは
森信三師の著書との出会いが大きく影響を受けていることを
講和内容と同時に感じさせていただいた。
信三師の「修身教授録」は何度読んでも素晴らしい本であり、
いかに自分がお粗末なのかと想い知った本であったという。
自分の信念が揺らぐとき、この本の中に答えがあるように思うとも・・
戦時中の人々はいつ自分が死ぬのかわからず、
いつも死と向き合う『死生観』をもち、それは人間にとって最も大事なことであり、
妻や家族への想いを募った手紙にもあらわれていたと。
自宅で家族に看取られ最後を迎えていた時代から
高度成長と共に病院で死ぬことにより、
その死生観がなくなったのかと自分ながら拝聴させていただいて思ったが、
いまや、その高度成長も終焉を迎え、
再び在宅での看取りの場へと心構えがないまま導かれている。
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それはレスパイトケアの通所事業所であるなど、
介護保険においての今の事情に伴わない制度疲労が起きているようにさえ思う。
最大限に介護保険を利用し、
看取り期の本人・在宅家族様への支援を第一にするのであれば、
心構えを事業所職員等と本人・家族様がチームとして統一した方向性をもち、
看取り期、〈前期・中期・末期)の
24時間診察を受けていない場面での
医師や訪問看護による緊急時におけるデイサービスへの導入が必要となる。
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しかし今の制度においては、家族の疲労したレスパイトケアから、
介護保険上での支援となり、高いリスクを背負いながらの通所を提供している事業所もある。
人間がその死後に生きる精神とは、
その人の生前に生きるその人の置き土産であり、
生に徹する。生命を大事にする。生命の愛着を一瞬一瞬大事にする。
その積み重ねが一日、一ヶ月、一年、そして人生、一生となるという。
「一日は一生の縮図なり」・・・と
他の事業所デイサービス看取り期の相談から先日の北尾氏の講話を思い出した。