千日回峰行 酒井雄哉氏

 04SPR24A_2.jpg      

今朝の何気なく入れたテレビから
「行」について語るお坊さんの力まず淡々と語りかける口調に
我を忘れて集中する時間をいただいた。

 

千日回峰行を終了した後、半年後に二度目の回峰行を行い、
60歳という最高齢で二度目の満行を達成したという。

 

 

04WIN06A.jpg

 

 

行の途中には、足を痛め自分で切開し行を続け、行者には命が耐えるときには
自ら耐える前に白布をかけるという
命と向き合う厳しさの中での修行からでも、

 

朝日を迎える喜び
毎日、歩かせていただく中での桜のつぼみとの出会いは、
何と贅沢なのだろうかと、
喜びを感じ、
花が咲き
枯れるまでの一連のめぐりは

 

04TRE06A_2.jpg

 

 

一日を生き、
また、今日には呼吸が出来る繰り返しと
同じだと話される。

 

朝日の下には
様々な家庭があり
幸せな人には、それが続くように祈り
苦しい人には楽になるように祈り、

人様の為に頑張ることを考えようと思われたと言う。

 

04SPR17A.jpg

 

その後は中国・イタリア等諸外国を巡礼しバチカンではローマ法王にもお会いしている.

 

“一日一生 ”

今を大切にすること。
地球の上にいることは何があるのかわからない。
仏様から命を預かってきた自分である。

 

今を生きていることに感謝をする。
世の中は無常の世界
自然の中にいるのだから何が起きてもおかしくはない

 

04SUM15A.jpg

 

生きるとは
仏様から命を預かり
勉強してこいと追い出された身

 

帰るために人生の論文を書かせていただいている。
それを携えて
閻魔様の前で報告をさせていただくこと。

 

人生は生きる行である。
行を収めてゆくこと
前向きに一歩づつ進むこと.

 

 

 

04AUT09A.jpg

 

 

※先日の日野原先生といい、このたびも閻魔様が現れた。
しっかりと耳にとどめておこう。
良いこと悪いこと、全てを知っているのは自分であり、
人には大なり小なり懺悔することがあり、
そのことを忘れず、
日々の暮らしの中で一日を世の為に使わせていただくことが
大きな荷物を持たずに帰ることになり、
しっかりと論文に書かせていただき発表させていただくことになるのだろう。