北海道の二宮金次郎像

二宮尊徳のものの見方、考え方は、

この世の中で相対するものはすべて互いが働き合い一体となっている。

切り離して考えるのではなく、

両方を合わせて一つの円とし、

一つの円の中に入れてみるというもので、これを一円観という。(小田原市教育研究所)

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(札幌で土と触れ合う家族から送られてきました。感謝)

文中には、生命あるものは、いつかは死に、

また生まれてくるというサイクルが永遠に繰り返されているとある。

今、自分が生きているのは“自分の番”を生かされているということなのだろう。

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種を蒔かずとも数年前に一度蒔いた大根が代々花を咲かせ実をつけ種となり、

再び周りに多くの来世となる種を自ら蒔き自分の番をせいいっぱい努め消えていく。

将棋も日本の代表とするもので代々継がれているものであるが、

継がれながらに飛躍し変化している。

まだ今世で生かされている自分が最期の日まで

活動においても、

再び次の世代を担う人々の新風を取り入れることで

更にその時代にあった良きものとして、

人は去ってもその“良きもの”は、その時代に必要となるものに溶け合い変化していくのか。

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『 寿命から自分の年齢を引き、

その残された数字を自分以外の人の為にさせていただくことです。』と、

東京での講演会で聞かせていただいた聖路加病院日野原先生の言葉が浮かんできた。

一円融合からの勝手な自分流の気づきである。