月のひかり
金子みすヾ童謡集より
月のひかり
一
月のひかりは お屋根から、
明るい街をのぞきます。
何も知らない人たちは、
ひるまのように、たのしげに、
明るい街をあるきます。
月の光はそれを見て、
そっとためいきついてから、
誰も貰わぬ、たくさんの、
影を瓦にすててます。
それも知らない人たちは、
あかりの川のまちすじを、
魚のように、とおります。
ひとあしごとに、濃く、うすく、
伸びてはちぢむ、気まぐれな
電燈のかげを曳きながら。
二.
月の光はみつけます。
暗いさみしい裏町を。
いそいでさっと飛び込んで、
そこのまずしいみなし児が、
おどろいて眼をあげたとき、
その眼の中へもはいります。
ちっとも痛くないように、
そして、そこらの破(あば)ら屋が、
銀の、御殿に見えるよに。
子どもはやがてねむっても、
月のひかりは夜あけまで、
しずかにそこに佇(た)ってます。
こわれ荷ぐるま、やぶれ傘、
一本はえた草にまで
かわらぬ影をやりながら。