対人援助と精進
精進とは
ひたすら励むことであり、
それも自分勝手ではなく、お釈迦さまの言われた通りに行動をすることだという。
身のこなし、ものの言い方、ものの考え方、
精進をさせていただこうと思う自分が行うこととは、
自分だけの都合ではなく
人様の為に真剣に考え悩み解決に向けて努力をさせていただくこと、
それが「自灯明」であり、「法灯明」なのか・・と微力な自分から思えてくる。
目の前に多くの業務が山積みになっていても何を一番に考えるのか、
どのような困難な場面でも相手の立場で考え、
葛藤している心に共感し
「この苦痛を一瞬でも取り除く支援がないものか」と
時間がかかっても真摯にかかわるプロセスの積み重ねの繰り返しの中に
相手に自ら気づきを促し
得られなかった答えが、かすかに見えてくるように思われる。
自灯明・法灯明の生き方とは、
長短はあっても確率の高い最期の日に焦点をあてた
崇高で気高い精神であるように思えてくる。