野口雨情
野口雨情は明治15年5月、海鮮問屋の恵まれた家庭に生まれ小説家の坪内逍遙との出会いがきっかけとなり、文学に目覚めたといいます。
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結婚後北海道へも来道し小樽・札幌・室蘭でも生活をされ子供も誕生しますがすぐに亡くし、その後妻とも別れる等、
世の中の辛酸を味わった野口雨情の心の叫びが詞になったとも言われています。
シャボン玉の詞は幼く亡くした娘を思った我が子のことではないかと言われていましたがそれだけではありませんでした。
雨情が語った中に、
童謡を作ろうという気分になったときだけは
真実の子供らしい感情や
夢のような空想を
曇らしてしまわないように
気をつけなければなりません
(NHKBSうたもよう〜心の叙情歌より)
雨情がシャボン玉の詞を書いたのは子供達の素直さで、シャボン玉がすぐ消えてしまう悲しさを感じ取ったからだと言います。
雨情は幼いもの、ちいさいもの、はかないものに愛情を込めました。
利用者様と一緒に歌う場面でも、そっとこの話をさせていただきましょう。
いつもの会話と違う言葉の中から、思わぬちからが「ひょい」と、現れてきます。
それは雨情の優しさを認知症という病気を患った利用者様だけに感じる感性があるからです。