世の評判に流されず
松陰は、自分が一生懸命勉強に励んでいるのは名利の欲に駆られ
名声を得ようとしているのではない。
ただひたすら真実に生きる道を求め真実の学問を志しているのであると・・
(黄檗宗(おうばくしゅう)は、日本における仏教の宗派であり、臨済宗、曹洞宗に次ぐ禅宗の一つである。)
「世間の毀誉(きよ)は大抵(たいてい)其(そ)の実をえらざるものなり。
然(しか)るに毀(そしり)を懼(おそ)れ誉(ほま)れを求むるの心あらば、
心を用(もち)うる所皆外面ありて実事日に薄し。故に君子の務めは己を修め実を尽くすにあり」
「世の中の毀(そしり)や誉(ほま)れというものは、たいてい事実にたがうものである。
それなのに毀(そしり)をおそれ誉れを求める心があれば、心を用うるところ皆外面のこととなって、
真実身が日に薄くなる。だから、有徳者の務めは自分の修養に努め、心の真実を尽くすことである。」
マスコミの波に乗せられて世の評判となり、一時おおいにもてはやされて得意になったかと思うと
間もなく見捨てられて消えてしまう世の評判のはかなさ。
それは名利の欲に駆られ、世の評判に踊られる者の陥るはかなさで、松陰の最も嫌ったものでした。
それは、松陰の言うまことの学問・勉学の志とは全く無縁のものなのです。
引用文献 人はなぜ勉強するのか 岩橋文吉