お世話を受ける喜びから、強くお世話をさせていただく喜びへと

人は、すべてが100点の人はおらず、

30点でも

60点でも

力を出し合うことで大きな力の結集となって歩みだすことができる。

 

 

生き方も同じで

一人で生きていこうと思っても

必ず

どこかで

人様の力を借り

そこから感謝し

再び歩みだすことができる。

 

 

せっかく

一つでもコミュニケーションを図ることができるなら

自ら進んで

お世話になる人の気持ちになり

お世話をできた喜びに浸ることも大事だと

今までお世話をする喜びがお陰様で多かったが

お世話を受ける喜びから思う。

 

初めて家族と離れGH(グループホーム)という場所へ入り、

興奮状態が続いたが

やがて

夫は死んではいないと強く訴えていた仏壇のりんごを

「みなさんでたべよう」とご近所関係が成り立ちを始めた。

 

 

早く、帰りたいと思った場所であったが

自身と対峙し、

どこかで覚悟を決め

自身を納得させる力を持ち得ているのだ。

 

健常と言われ、

煩雑な業務に励んでいる働き手のなかには

そこまで到達できる力はあっても

あえて煩雑さに任せ

避けることに慣れ、

自分中心となることも自分も含め多いと思うが、

 

認知症になっても考える力は残されているのだ。

裏表のない正直な認知症の人等が自分は大好きだ!

 

🌹🌹🌹

 

 

 

 

ベトナムからの技能実習生。

いまや、スタッフ等は家族のコロナ化から

陰性から寮で早急に個別に隔離し

陰性継続確認から現場へ解禁となっている。

 

その寮での対応は

優しい笑顔と、

少し辛めのベトナム料理となって

個室で心細くなっているスタッフを労い、

向こう三軒両隣の昭和の日本を思い出させていただいている。

ありがとう!

 

 

 

 

 

 

 

 

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