デイサービス オンネナイ原野サービス支援

デイサービス オンネナイ原野は、北見市留辺蘂町にあります。

 

オンネナイ原野という名前の由来は、開拓者が入った現地の地名であります。

 

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ホイルの中は、畑でとれたばかりのナス焼きです。
あまーい!と大歓声です!
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 外へ出たい人、中が良い人・・様々です。

 

 

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七夕まつりスイカ割り後、ヨーヨーつりではひ孫にと・・・懸命でした。

 

  

 

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温泉がすぐ側にあり、足湯に行きました。

 

 

 

(留辺蘂昔話しより)

 

 

 明治19年、屯田兵司令官永山武四郎は幕僚を伴い本道を巡視し北見入り湧別・網走間の各地を詳細に調査した。

 

 

当時帝国ロシアはシベリアまで鉄道を延ばし、ウラジオストックの軍港を広げて沿海州に兵隊を増員したため、

 

 

日本政府と軍部は危機感を持ち警戒心を高め、オホーック海沿岸での水際作戦に備える屯田兵(北辺の防衛と開拓の二つの任務をもった北海道独自の兵制)を送り込むための「軍用道路」が必要で、

 

 

中央道路建設は日本にとって自国を守る最後の手段だった。

 

その手段の指揮をとったのが、あの旧千円札の肖像で名高い伊藤博文である。

 

明治39年オンネナイ原野(1号線以西)に開拓移民20余戸入植する。

 

 

開拓者に負けず、”この地で最後まで、ねばこくがんばるべさ!”をキャッチフレーズに強力に在宅支援をさせていただいています。