人との出会い(面接)から思うこと

 自分が面接をする立場になってから、数えきれないほどの人と出会っている。
もとの職場での老健立ち上げ時からの面接・・・今の職場での面接・・・
 こちらが求めている以前に、心の中が疲れいまにも消えてしまいそうな人・・・ しかし、それもご縁と話を伺っていくと涙が流れて話すことも辛そうな人・・・とても働ける状態では無いことを自分でもわからずにたどり着いたのだろう。  もう一人の面接官も、事の状態を察しそっと退室して行く場面もあった。   静かに、ゆっくり入り込みすぎず間をとりながら対話をしていく・・・
心の中の自分と向き合っているように目の前には誰も存在していないように「ぽつり、ぽつり」と語りだす。   特別な会話は、ないのだけれど自分の心の中と初めて対話が出来たように笑顔で退席した人を数名思い出す。

  ★都会では、その様な面接はもう出来ないのだろうか・・ とにかく、誰でも良いから来てほしい・・・人材・人罪・人在・人財 ・ 互いが幸せになる努力をしなければ「人財」になるには、そう簡単なものではない。
せめて「人在」と思っていた人が「人罪」にならないようにするには経営者のエゴだけではなく互いの積み重ねとチームの努力が必要なのだろう。事業部の中堅どころの役割は非常に高い位置にあると思う。

★  就職の健康診断から病気が発見され、子供も幼く人材はすぐにも必要であったが無理を強いては家庭が混乱すると思い、理事をしている保育園の業務を世話し、今では自分の子供も保育してもらいながら元気に看護業務に励んでいる人もいる。
もう、数年前になるのだが今だに、ご両親が山菜や、つりで釣り上げた魚を持参し利用者を喜ばせ顔なじみになっている。

 ★  共に面接の時の自分を思い出すことも人にとっては必要なのだろう。
何を求めて就職し何を求めて雇い入れたのか、長年の月日と共に忘れている自分がいることもある。  

★  面接前には、自分にとって資格があっても適職なのか、働ける心と体があるのか、心の病はないのか、人の世話をする余裕があるのか等、ほとんどが「心」であるが面接を受ける前に自分の心と面接をおこなってみるのも大事であり、 資格に振り回されるとせっかくの一度しかない人生が台無しである。せめて資格を取得したならば、ふるに有効に使いこなす努力も忘れてはならないと思う。

 

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