もう、二度と”かわいそうな象”をつくらないでください。
かわいそうな ぞう
今、どうぶつえんには、三頭の ぞうが います。
ずっと 前にも、やはり 三頭の ぞうが いました。
名前を、ジョン、トンキー、ワンリーと いいました。
その ころ,日本は,アメリカと せんそうを して いました。
ばくだんで、動物達が逃げ出したら大変だと、
動物達が殺されることになりました。
ジョンの好きなじゃがいもに毒を入れますが、
利口な象はぽんぽん返してしまうのです。
大きな注射も用意しますが皮が厚くて入りませんでした。
遠い仙台へ送ることも考えましたが、仙台も爆弾が落とされたら
大変だと、いうことになりました。
そのうち、やせ衰え目もげっそりくぼむようになりました。
ある 日、トンキーと ワンリーが、ひょろひょろと体を おこして、
ぞうがかりの 前に すすみ出て きました。
おたがいに、ぐったりとした 体を せなかで もたれあって、
げいとうを はじめたのです。
後ろ足で 立ち上がりました.前足を 上げて おりまげました。
はなを 高く 高く 上げて,ばんざいを しました。
しなびきった 体じゅうの 力を ふりしぼって、
よろけながら いっしょうけんめいです。
げいとうを すれば,もとのように えさが もらえると おもったのでしょう。
ぞうがかりの 人は、もう がまん できません。
「ああ、ワンリーや、トンキーや」
と、なき声を あげて、えさの ある こやへ とびこみました。
走って、水を はこんで きました。
えさを かかえて きて,ぞうの 足もとへ ぶちまけました。
「さあ,食べろ,食べろ.のんで くれ,のんで おくれ.」
と、ぞうの 足に だきすがりました.
しかし、ワンリーも トンキーも しにました。
どちらも、てつの おりに もたれ。
はなを 長く のばして、ばんざいの げいとうを した まま、しんで しまいました。
教育出版『小学国語2上』(昭和55年)より
(土岐 由岐雄氏)
いま、福島原発の影響により、
再び戦争当事のように悲惨な状況が続いています。
かわいそうな象のように、
動物が、家畜が見殺しにされています。
人と同じ命を授かり、
人間を助ける為に生まれてきた牛の命も、
トンキーやワンリーのように、
一滴の水も与えられずに死んでいっています。
それでも新しい原発を動かそうとするのですか。
車の無責任な運転のように、
安全確認を怠り、
動かそうとするのですか。
原子炉の安全性は神話だったというならば、
54基ある原発の安全を国が補償できないものは、
動かさないでください。
せめて福島の原発を想定した今ならではの訓練を行ってください。
気休めの訓練は止めてください。
再び、また別の原発が事故を起こしたら、
どのような非常時になるのか、
考えているのですか。
日本の沈没が描かれる確立は高いのに、
まだ、夢を見ようとしているのですか?
それこそ、日本がなくなるかもしれません。
大きな、かけは止めてください。
持ち込むことに賛成した国会議員は、
もっと日本中に響く大きな声で、
代わりのエネルギーを推進しますと、
もっと、もっと、もっと世界中に響く大きな声で発信してください。
有権者は、ばかではありません。
原子炉が安全ということを信じた自分たちも間違っていたことを認めています。
避難所訪問から、
「避難住民の帰宅に全力」とありますが、
仮設住宅ばかりではないのですよ。
避難所に居る人々の気持ちは、
口に出さない多くのものが裏側にあるのですよ。
先祖代々続いてきた田畑のこと、
生計を立てていた家畜のこと、
介護している年寄りのこと、
未来ある子供のこと・・
もっと、トップは人の悲しみの奥を深く見てください。
だれもが理解できる言葉でしっかりと旗を振ってください。
旗振りで手が疲れたなら、
勇気をもって交代しようと言ってください。
もう、二度と”かわいそうな象”をつくらないでください。