支援する側のアセスメントは自己覚知へと
支援の中には様々なケースと出会うが、
独居で不自由な身となり、
ご利用者自身が介護施設等の入居を希望されている方、
また、認知症の進行から
何度も自宅に戻れない場面で命の危険に出会い、
遠巻きの家族も、支援する側も命を優先する為に
施設入居を勧めるのは当然の事と考えるのか、
しかし、
命という重さを隠れ蓑に、
一方的な支援を押し付けている場面があるのではないだろうか・・と
数年前に担当者等と話し合う場面があったが、
最も大事なのは、
支援する側のアセスメントであり、
自分の偏る支援理念等を発見する場面となる。
自分の支援は、
同情心が強く「可愛そうだ」という感情から周りを牽引しているのではないだろうか、
また、お役人のように教育的な指導が強く表出しているのではないか等、
冷静に自分を見つめると自己覚知になり、自分の感情の出所に触れることができる。
可愛そうだから・・という考えは自分の感情の処理にしかならず、
また、ケアマネの立つ位置により、ご利用者自身の悩みや辛さをかぶり、
あちらこちらと頭を下げ、お願いをするうちに
八方塞がりになりバーンアウトする場面もある。
支援する主たる者はチームの真ん中に冷静に立ち
あらゆる角度からの検討を行い、
言葉のみならず、
相手の表出される身振りや態度等からの
非言語的コミュニケーションから読みとる力と
過去から現在までの支援経過を何度も読み取ると、
「ああ、あの場面を思うと連れ合いの気持ちは・・こうだったのか」と
ひとつの気づきは大きな成長のステップへと飛躍し
一方的でない支援の位置に立つことができる。
資源が無ければ、どうしたら資源ができるのだろうと
仲間と話し合うのも冷静な意見をいただける場面となる。
人生を支援することは、そう簡単なことではなく
失敗は誰しもあり、
その失敗を忘れてはいけないと、いつも心の奥に置いている自分がいる。
しかし、何人もの人生に寄添うことで
間接的な多くの人生体験から、一番大事な見えなかったものが見えてくる。
そう考えると、
やはり人生に寄添う仕事は
真実の価値観を見出せる素敵な仕事だと思われてくる。